狂った動き

宗教的テロ集団がなぜ危険かと言えば、、彼らの心情において、、ミッションを遂行したら「天国」に行けるという刷り込みがあることです。天国に行けるならば、、何でもできる、、、これが周囲からしたら危険極まりないわけです。真我探求はそれとは全く違うのですが、、全てが幻想であることを見抜いた動きは、、見かけ上の周囲からは変わって見えるのです。全てが実在と信じた動きと、全部が幻想と見抜かれた動きは全く変わってしまうのです。

そして

全てが幻影、マーヤーである以上、、そのマーヤーに依存することもなく、、、故に彼は自由です。社長を約束されているドラ息子が奔放なように、、、真我であることを実現した彼は、、、奔放です。しかも社長という不確かな椅子ではなく真我という椅子です。絶対に消えて無くならない椅子、それが真我の座です。自分自身がそこに座っていたことに気づいた彼は、、、この幻想の世界を遊びます。

意味不明

この世界を幻想と見抜いた行動は周囲からは意味不明です。あいつは命が惜しくないのか???あいつは世間体は気にしないのか???あいつは、、、、、です。ですが彼の行動には皮算用、取引、裏の顔が既に存在しません。だって何一つこの幻想の世界に頼っていないのですから。彼がギャンブルに興じても、異性に興じても、贅沢三昧に興じても、、それはただ自由だからです。世界はもう彼のものです。