大金持ち

もしも

もしもあなたが大富豪で、、お子さんも居ると設定しましょう。あなたの子供に労働の大切さを教えるためにはどうしたらいいですか????簡単です。我が家は貧乏であり働く必要があると騙せばいいのです。だからお前は16歳からバイトをして稼げと。。。。すると子供は「そうかウチは貧乏なんだ、、じゃあやるしかない、、」となります。大富豪である事実を一切伝えずにむしろ貧乏であると信じ込ませればせっせと働くわけです。

では、、、、

今我々はこの体を自分だと思って必死に生きています。実は神にも関わらずその事実は教わることはなく、、先ずは「貧乏=この体のみ」という設定からスタートしたのです。大富豪の家に生まれたという事実を教える前に、、「お前は貧乏だ」と嘘を教えてしまい、、働く大切さを学ぶように、、、神である自覚を起こす前に、、、「この体こそ私だ」という嘘を覚え、、、苦しみをあえて味わっているのです。

そして

なんという生きにくい社会なんだ、、なんという厳しい世界なんだ、、なんという、、、という不完全な世界を味わい尽くすことで、、、真我探究、自己探究に入っていくのです。本当に俺は貧乏なのか???本当に俺はこの体のみの存在なのか?????という究極の疑問を持ち始めていくのです。分離感という経験を十二分にしたからこそ「非分離」とは何かが分かり、、、、孤独を十二分にしたからこそ非孤独も分かるのです。貧乏を十二分にしたからこそ大金持ちとは何か???が分かるのです。

つまり

つまりこの勘違いは、、、神とは何か????を分かるためのゲームなのです。神とは何かを体感するには孤独、分離、悲しみ、苦しみを味わい尽くす必要があるわけです。これを経験し尽くしたからこそ、、、非孤独、非分離、非悲しみ、非苦しみとは何かが分かるわけです。だから何一つ無駄がない神の計画に寸分違わずに今があるのです。森羅万象の動きとは、、このためにあります。人間の体はこの神の計画に沿って作られ人間ゲームも完璧に遂行されます。