真我は時間の中には存在できない

なぜ?????

真我は時間の中には存在できません。なぜならば、、、時間の中に現れることができる存在は「変化」が絶対条件だからです。変化しないものは時間の中では存在できないのです。真我は変化しません。真我が変化してしまったら「変化」する何かを観察することができません。真我は変化しないからこそ、、その中で変化する何かが気づかれているのです。つまり真我は時間の中に現れることは不可能なのです。時間こそが真我の中に現れる変化です。

自我

一方自我は時間の中に現れる存在です。その証拠に自我は変化します。何かに没頭する時、、自我は存在しなくなります。火事場のくそ力、、、とは自我を完全に忘れた状態です。忘れることができる自我とはその時間存在しなかったということです。つまり自我は変幻自在で変化します。自我は時間の中に現れることができる存在でありゆえに自我は真我によって気づかれる存在でもあるのです。

ところが

ところが自我は、、、全経験、全五感、全思考、全感情に気づく存在ということになっています。それはおかしな話です。自我自体が変化する存在ですからその自我が変化に気づくことは不可能なのです。つまり自我とは存在不可能な存在なのです。自我とは「真我」による気づきを略奪したことになっている幻想物です。妄想によって生み出された錯覚です。そんなものは存在できません。だから自我は嘘です。自我という思考は存在できますが、、実在は不可能です。

実在

自我は実在できません。実在できないにも関わらず実在するのだ、、、と信じる動きが起こった時、、、分離感が生まれます。その分離感が存在の恐怖を生み出し、、恐怖が問題を生み出し続けていきます。だったらいっそ自我なんて存在できようがないと諦めてしまった方が良いのです。ところが自我の実在否定とは自我の死ですからそれを恐れる動きが起こるのです。真我こそが実在であり真我以外は全て幻想なのだ、、という自覚に至った時初めて、、自我の幻想を認めることができます。