思考感情との同一化の前に

大前提

両親からの呼びかけ反応によって自我が形成されていくわけですが、、、、そこには両親の「意志」が必要になります。両親の意思によって、、、この名前を覚えさせると言う行為が何千回以上続くのです。これに子供の意識が反応を見せます、、意識が「声」を認識し始めるのです。そして声の内容を覚え、、、意識=名前という感覚を作り上げていくのです。この作業を意識が行います。これを自我と呼びます。

音が鳴れば

落ちが鳴れば、音は現象ですから、、そのまま「意識」が生まれます。つまり音を拾うのです。音がその場所で認識されます。すると「自我」が『この体の中の「意識」が音を聞いた』と再認識します。これが誤解です。現象の誤認識が毎回起こるのです。この誤認識こそが「違和感」を生み出し、、苦しみになります。幼稚園児は、、音がなっても自分が聞いたという認識が薄いのです、、、音は音でしかないのです。ところが大人はすべての現象を誤認識します、、だから常に「違和感」を同時発生しているのです。

ストーリーとは

ストーリーとは爆竹の上を歩くような行為です、、、私がこの道を歩めば爆竹がなります、、そうです、、違和感という爆竹が鳴り続ける状態です。だから人生とは苦であると言われるのです。この道はどこまで行っても爆竹の上だ、、、その気づきが起こりますと、、、「悟り」この道を降りる動きが起こるのです。だから早く気づくしかない。