踏み絵
江戸時代にクリスチャンを発見するため「踏み絵」を利用しました。マリア様、キリスト、の絵を描いたものをクリスチャンは絶対に踏めないことを分かっての戦略です。固定観念は感情を生み出します、クリスチャンにとって踏み絵とは絶対に絶対に感情が許さないわけです。固定観念が感情を生むのです。あなたは今感情を持っていますね????ならばそれを支える固定観念が存在するのです。だから感情とは「固定観念」が生み出す第二の思考です。
つまり
どんな感情が生まれてもいいのです。その根源には固定観念が「ドカン」と鎮座し、、ただ第二の思考が湧くのですから。感情はそこには固定観念が鎮座してるよ、、、というメッセージです。苦しいという感情は「固定観念」が生み出す第二の思考です。「人生とは苦である」という釈迦のメッセージとは「人生」という固定観念が苦しいという第二の思考を生み出す、という意味です。
真の幸福、愛
では悟った後には感情はないのか?????感情の有無に関わらず、、、真の愛、真の平和は感情ではないのです。感情とは第二の思考ですから、、思考は体験でしかありません。思考は幻想でしかありません。それは現れては必ず消える代物です。悟った後の感覚は感情ではなく、、、エネルギーそのものです。真我という存在が実現した時、それ自体が「愛であり平和」です。愛と平和自体になるのです。湧いてくる思考ではなく、、愛と幸福そのものになることです。