因果のとこじゃない

そこじゃない

全てが愛と平和であることを完全に忘れ去った状態は、、因果での幸福探究マシーンが勘違いの記憶から作られます。退屈で退屈な世界で何か退屈を凌ぐ方法はないかと彷徨い歩くのです。もしかしてこれを手に入れれたら、、もしかして最高のパートナーを手に入れたら、、もしかしてホワイト企業に就職できたら、、、と夢をそこに託すのです。ですが最初からここは愛と平和であり、、それを忘れてしまった人間のこれは勘違い彷徨いです。

何かを

何かを手に入れれば幸福になれると推測したことから、、人はそのために行動を始めます。そのためには美容を気をつけよう、そのためには資格を取ろう、そのためには、、そのためには、、、、です。ですがこの策略は最初からピントが外れています。幸福は今ここに既に存在しているのです。今ここの幸福、愛に気づけていない状態でなぜ幸福になれるのでしょうか??愛に浸れるのでしょうか???不可能です。手に入る愛と平和は、、、幻想ゆえに必ず消えます。

因果の中で

人は因果の中で幸福になろうとするわけですが、、それが全て無駄なのは、、因果とは幻想思考のことです。幻想なんです。だから何が起こってもそれ幻想思考です。全てです。全て幻想思考です。だから3億円当たったぜ!!!も幻想思考です。最高のパートナーをゲットしたぜ!!!も幻想思考です。だから全て消えます。完全に消えます。消えることが最初から宿命づけられているのです。そんなものを人生のテーマにしてはダメなんです。

だが

仮にそうなったとしても、ほぼ全員がそれを行くのですが、、、それも全自動です。全部が全自動です。だからその流れに抵抗しないでください。因果の中での幸福を目指すならばそれはそうなっているということです。それでいいのです。それしかなかったのですから。何も問題はありません。そこに自由意志はありません。因果の中で幸福を探しまくってください。探求しまくってください。そしてそれが全て全滅した時、自動で真我探求に入ります。