因果

時空間

因果という言葉は時空間が存在するという前提の話です。ですが時空間自体がないのですから因果は起こりようがありません。時空間がないのです。とはいえ時空間を感じることはできます。その中で物事が変化しているようにも感じることができます。そしてそこには因果が働いているようにも見えます。ですが「因」という存在、これが存在しないのです。コップが落ちて割れた、落ちていないコップが、、落ちることで「割れる」、、これだけ見れば因果です。ですが最初の落ちるという動きが「独立」した動きでない場合、因果とは言えません。

落ちるにも理由がある

落ちたのは地震があったから、地震があったのは海底火山が爆発したから、海底火山が爆発したのはマグマが膨張したから、マグマが膨張したのは、海底プレートが動いたから、海底プレートが動いたの、、、、とエンドレスに続きます。そしてその動きと動きの境目が存在しません。境目が存在しない以上、、、因果とは思考が作りだすファンタジーです。

撮り終わった映画

何度も何度も説明します。これは撮り終わっている映画です。撮り終わった映画に因果は働くのでしょうか???不可能ですね。主人公があの時ああしなければ結末が変わったのに。。。。。意味不明です。もう既にこの映画は撮り終わっているのです。この事実がハッキリと腑に落ちますと、、、究極の安泰が起こります。急激に静寂に包まれます。だってこの映画は先が決まっていないと思っていつもいつも震えていましたよね。