私は渋谷に行った

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我々は記憶が一切なくなってしまった時「渋谷駅に行く」という行為ができません。誰か他人がその人を無理くり下北沢から渋谷に連れって行ったとてその人の中に「渋谷に行った」という経験は絶対に起こらないのです。つまり記憶が消えれば経験が消えます。記憶なしには「何をした」という経験は絶対に絶対に存在しないのです。ここから空間がないことが証明されてきます。記憶なしには経験が一切起こらないということこそがここには何もないのです。ただ五感という経験が現れ、思考という経験が現れ、感情という経験が現れでています。どこで???どこでもないのです。空間が存在しないのですから。

つまり

我々は一度もどこにも行ったことがないのです。どこにもです。生まれて死ぬまでどこにも行かずに死にます。生まれでるという経験も思考の経験です。何も起こっていないのです。実際には。空間時間もなくただ五感、思考、感情のみが起こり経験のみが作り出されています。そしてその経験は時空間とは一切関係ない存在真我によって気づかれるのです。気づきから生まれた「経験」だけが現れて消えています。だから悟ると「私は一度も生まれていないし死にもしない」と言うのです。