体験

スクリーンという自覚

我々の本質はスクリーンです。スクリーンがなくてはこの映像は存在できません。この思考も感情も存在できないのです。でが多くの場合スクリーンの存在は忘れてしまいます。スクリーンの存在を忘れて映像にのめり込むのです。この体という映像、この体に関するあらゆる思考にのめり込んでいきます。その時はスクリーンという自覚が消えています。

なぜこんなに苦しいのか?

なぜこんなに苦しいのでしょうか?それはスクリーンの自覚が消えたからです。再びスクリーンとしての自覚を持ちます。すると映像にのめり込む感覚が薄れます。映像は無限に現れるがそれはスクリーンが存在するからだからこそだと気づけるからです。そこに映り込む映像もこちらの確信が如実に影響を与えた映像です。

映像を映像と見抜く

映像を映像と見抜けばこの世界は幻であることが分かります。スクリーンだけが実在であってそこに映し出される映像は幻なのです。我々はこの幻の体の映像を実体と信じ込むことでこのスクリーン上に映画を生み出していたのです。この映画のストーリーを支えるのはそれが実体であるという確信です。映画の映像を実体と信じ込むことでこの映画のストーリーを生み出していたのです。このことが明白になった時映画の内容が変わります。