勘違いした神???
この世界は神が勘違いした自我という存在がいて、、その自我の存在ゆえに苦悩が起こった。これが一般的な通説です。神は退屈になってこの世界を創造した。神は寂しくてこの世界を創造したのだ。多くの意見があります。御免なさい、それは全て方便です。嘘ではないのですが、、そのまま直訳すればそれは間違いです。なぜか????神は、真我は最初から完璧だからです。何も欠けていないのです。ですから神が、真我が何かを求めてこの世界を創造するのはあり得ないことです。
では????
ではなぜこの世界は存在するのですか???なぜ苦悩の人生がここに存在しなくてはならないのか!!!!おかしいではないか!!!そうです。おかしいのです。神が完璧完全なら必要ないでしょ、苦しい人生の私なんて。ところがです。そうではないのです。必要なんですよ。この苦しい苦しい人生が、寂しい寂しい人生が、この重い重い人生が必要なんですよ!!!
勘違いがないと勘違いが晴れたが経験できない
これは神の真我の影です。影には何でも反映されます、神の内部が真我の内部がモロ映りです。そこには何でも写っちゃいます。何でもです。なぜならば神は真我は「無限の原液」だからです。「無限という原液」の鏡に映った姿には全てが映し出されます。全可能性が映し出されます。そこには怒り、ては憎しみ、悲しみ、憎悪、妬み、嫉妬、罪悪感、、、、全てが映し出されるのです。この人生はその一つです。だから勘違いも起こるし勘違いの解消も起こります。起こらなくてはならないのです。