意識に気づく

究極の抽象度

意識がある、意識がない、、、、、今あなたには意識はありますか??????あります、、と答えれない人は存在しません。今日私は朝起きてから意織がないんです、、そのような人はこの世界には存在しないのです。意識は100%誰でもあるのです、、もしも意識がない人が居ればそれは死んでいる人です。つまり意織=人間の活動です。では????意識があることになぜ人は気づいているんでしょうか????????なぜ意識の存在を誰しもが気づいているのですか???????それは意思に気づくという存在だからです。意識に気づくことができる気づきの存在こそが我々の究極なのです。

意織

意識はどこから生まれたのでしょうか?????意識を作り出したのは何ですか??????人間の体ですよね??????朝起きて意識が芽生えると同時に我々の体も存在します、、、、、体はあるけど意識はない、意識はあるけども体はない、、、夜夢を見ている時、、、意識はあって夢もありますが、、この体は存在しません。つまり意識の中に体も夢も現れ出るのです。ではその意識の存在に気づく存在は何か?????それが絶対、空と呼ばれる、、存在です。

意識の現れに気づく

夜夢を見ている時「意織」は存在します。体は存在していませんが「意織」は存在し、、そのことに気づいています。この気づきが「空」「絶対」に起こるのです。そして意識の中に「夢」「この体」「現実と呼ばれる世界」が起こるのです。つまりこの意識とは空によって気づかれ、、それと同時に意織とは「夢」「この体」「この現実と呼ばれる世界」のことです。