何も変わらない
目覚めていようと目覚めていまいが、、土砂降りの雨は土砂降りの雨です。ですがこの土砂降りの雨が「私」の外で降っているという感覚が消えています。それまでは土砂降りの雨が「私」の外で降っているという「思考」をしていたのです。ですが今はただ「それ」がある、、、という感覚です。その中心に「私」が居ないのです。もしくは「私」が居てもその「私」を感じるという「体験」であることが分かっています。「土砂降りの雨」という経験、、「私」という経験です。この二つは二つとも対象なのです。
どうしよう
どうしようが、、起こりません、、、休みなのに土砂降りの雨、、どうしよう?????が起こらないのです。今まではせっかくの休みなのに、、雨なんて振りやがって!!!!!どうしてくれんだ!!!!が起こっていた、、、ですが雨の中心に「私」が居ないのです。雨という体験と、私という体験が別にある、、「雨の中の私」というのは思考が作り出すファンタジーに過ぎないことが分かった時「雨」と「私」を繋ぐ思考が湧いてこないのです。
何を心配しているの?????
今日1日何もしていないけど、、、「私」大丈夫???????安心してください、、、「私」は今までも何もしたことはないのです。「私」とは認識された瞬間だけ起こる思考です。その現れでる思考が思考されない時、、私は一度もどこにも現れ出たことがありません。つまり日々の体験中(五感)何もかもしていないのです。じゃあ体験は誰がしているの???????体験の主語は「ゼロ」です。ないんです。体験には五感には主語が存在しません。