絶望の後の清々しさ

どこかで分かっていた

どうしても手放せないこと「学歴」「社歴」「パートナー」「家柄」「地位」手放したくない、、だけど苦しい、、、ここに挟まれた時、、、地獄を見ます。いったいいつまでこの苦しみに耐えなくてはならないのか?????でも絶対に手放したくない。。。なぜならば凄い苦労して手に入れたものだから。これを手放す=人生を手放すようなものだ。。ですがこの苦しみって実は「人生」にしがみ付くことで現れる「違和感」が起こしています。手放したくない「何か」ではなく「人生」に価値を置くからこそ起こる「違和感」です。そしてどこかでそれに気づいているんです。

人生

人生を大切にすればするほど、、時間とお金をかけた努力に価値を置けば置くほどに「苦しみ」は増していきます、。え??????人生を大切にして何が問題あるのか?????努力したことに価値を置かないって開き直りですか???????残念ながらそうなんです「人生」というものはこの分離が絶対に絶対に存在しない世界には「無い」のです。「無い」ものを「有る」と信じて生きれば「違和感」が起こります。この「違和感」が爆増するのです。

本当は「ない」

本当は「ない」ものを本当に「ある」と信じて生きていけば「違和感」と常に生きていくことになるのです。何かを手放したくない「学歴」があるということは「私の学歴」が存在すると信じているのです。ですが100パーセントないんです、分離がないから。そこから出続ける「違和感」が上がり続け増え続け爆発する時「手放せ」ます。その時これまで増え続けた「違和感」が消え去り清々しさが残ります。