菩薩界

あなたは価値ある人間よ

あなたは価値ある人間である、、そう教わり続けた人間は「他人の富を奪う」ことよりも価値をより高めることに関心が高まります。この体の中に価値があるのならばではより価値ある存在になってやろう、、、という考え方が芽生えます。この作戦は多くの場合成功します。エネルギーが「他人」に行かないからです。他人という「変幻自在」コントロール不能な存在に注がれず「自分」だけに注がれるからです。この作戦は「エネルギー消耗」が少ないのです。

結果

楽に楽に「価値を創造し続ける」ことができるようになります。「この才能を伸ばそう」「あの才能も伸ばそう」「これも私の才能かも」です。多くの場合これは上手くいきます。ですがここで大きな落とし穴が待っているのです。「比較」です。私は才能を努力の結果発揮した、、では俺以外はどうだろうか?????という比較比較が始まるのです。より多くの評価をされるべきだ、、、が起こります。

他人

他人にエネルギーを注がず「自分」だけにエネルギーを注いできたから上手くいったのです。なぜならば他人は「コントロール不能」であり、、そこに合わせるという生き方、それと足並みを揃える、、という生き方は莫大なエネルギー消耗を起こすからです。真実はその通り「他人には自己は存在せず完全勝手気まま」なのです。ところが「自分」は違う、、自分はコントロール可能である、、これが菩薩界の勘違いなのです。ここが菩薩界の苦しみです。

コントロール不能

実は実は自分もコントロール不能だったのです。たまたま「私の体は価値を生み出す存在である」と教わったからそこにエネルギーが自然と向けられてきました。しかしそれは家庭環境の影響だったのです。「自分の意思」でそうしてきたのでは決してないのです。全部偶然です。だからこれからも全部偶発的に思考が起こり偶発的に行動が起こり偶発的に感情が起こるのです。それが本当の意味で理解できた時「全てのプレッシャー」から解放されます。

許せる

全部が全部たまたま偶発的にそれが起こっていた、、という気づきは、、全てを許せます。先ず最初にプレッシャーが消えます。重い重い重責が取れます、、、すると他人に優しくなれます。この体から完全に「プレッシャー」が消えた時初めて他人に優しくなれるのです。本当の優しさとはこれしかありません。重い重い重責からの解放以外に「本当の優しさ」は芽生えません。

仏界

仏界とは、、菩薩界の住人から湧き出ていた「勘違いの思考」が湧き出なくなった「状態」のことです。ここにはもはや個人は存在しません。「自由意志はある」という思考、「個人は居る」という思考が、、、この体から一切湧き出なくなった「状態」これが仏界です。「自由意思はない」という思考、「個人は居ない」という思考がこの体から現れることが仏界ではありません。「自由意志はなかった」「個人は居なかった」という完全な認識が起こることが仏界です。