波乱万丈?

本当は

俺の人生は波乱万丈、幼少期は虐待にあい、学生時代は壮絶な虐め、就職してからはブラック労働で結婚離婚を繰り返し、、、みたない、、、映画のような人生を歩んできました、、、って話ありますよね????実は実は全部思考です、、そういう目にあったという思考が今花火のように上がっています。何を言っているのか????本当に実際にあった話だからしているんです!!!違うんです、、実際にあったという思いだけがあるのです。

思考

幼少期に虐待にあったという思考があり、学生時代に壮絶ないじめにあったという思考があり、ブラック労働だったという思考があり、結婚離婚を繰り返したという思考が起こるこので「それが起こった」という認識が起こったのです。思考の花火を打ち上げたことでその花火が空に描かれたのです。全く同じ境遇にあった兄弟がいて「幼少期は父と毎日プロレスごっこをし、学生時代は毎日友人と喧嘩ごっこをし、就職はベンチャー企業で浸食を忘れて打ち込み、情熱的な恋愛をしてきた」と答えればまるで違う思考の花火が空に打ち上がります。そしてそう認識されます。

良い悪いではない

ネガティブな思考は悪で、、ポジティブな思考は善であると言いたいわけではありません。何事も受け取り方次第で、、だったらポジティブに捉えましょう、、、と言いたいわけでも全くありません。重要なことは「思考こそが」花火のように打ち上がりその思考の花火をただ認識しているんですよ!!!という話です。だから思考の打ち上げ花火をみて、、そこに深刻になる必要がありません。思考という存在の仕掛けに気づくのです。

気づくと

死にそうなほど深刻な顔の人が「私は借金1000万円あり、妻も家を出て、子供も離れ、会社も首になりもう生きる希望がありません」と宣えば、、その思考を起こすことでその認識が起こっていますよ、、となります。状況そのものが深刻を作ることはできません。状況を受け取る思考が深刻を作ります。だからポジティブにということではなく「思考のみ」が「認識」を生み出すというメカニズムに気づいていきます。

何も思わないようにすればいいんですね

全く違います、、「思わないようにする」という思考が今起こっただけです。この思考には何の力もありません。思考はただの花火ですから。思考はただの花火なんだ、思考は認識を起こすただの花火だという気づきが、、、「思考花火」を花火として認識することを可能にします。

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