意識=空即是色

意識を向ける

意識とは空即是色のことです、空即是色が起こると意識が起こり、意識を向けると空即是色が起こります。つまりこの世界の現象の全ては空即是色であり、空即是色が起こる場所には意識が芽生えます。意識のない場所では何も起こらず、、何かが起これば意識も芽生えるのです。「この意識がこの体の中に居る自分だ」というのは完全な洗脳であり催眠です。この洗脳、催眠が起こっているのがこの人類の歴史なのです。

釈迦、キリスト

釈迦、キリストはこのことに気づき、、イエスはこれを広めようとして殺されました。音が鳴れば意識が起こり、、音に向かって視線を向ける「意識」をすれば花火が現象化されます。つねに意識、現象はセットなんです。だから意識がこの体の中だけの存在「自我」「エゴ」というのは真っ赤な嘘です。この嘘をベースにしたストーリーも全部嘘です。

嘘ではあるが

エゴも自我もその概念は嘘ではあり、それをベースにしたストーリーも嘘です。ですが、、嘘ですが、、そう「意識」すればそれは現象化し生きるのです。この壮大な仕組みが人類の苦しみです。この苦しみを解放しようと釈迦、イエス、老子、クリシュナムリティ、、様々な覚者が現れては消えていきました。彼らは実は意識そのものであり、、ゆえに今我々が所有していると思っている「意識」と何も変わりません。そういう意味では彼らは今も生きています。

壮大な意識の中で

我々は何度も言うように壮大な意識の中に今もいるんです。見渡す限り全部意識であり空即是色です。その空即是色が変化すると言うことが同時に色即是空も起こっています。つまり世界は空即是色であり色即是空なんです、そして同時に意識です。意識がこの体の中にあるんじゃなく、、体そのものも意識であり体以外も意識です。