瞑想の必要もない

目の前の現象を楽しむ

我々はこの体が主体で、、この体に向かって環境が広がるという古い常識を叩き込まれました。こん初期設定があまりにも貧しい設定なので人は孤独を感じ無力を感じ絶望を感じ、、それゆえ、、虚勢を張ったり、強く見せたり、見かけ上で友人を多く持ったり、、大きな家に住みたがり、、します。全てはこの初期設定の貧しさからです。ですがその古い常識から「真実」に認識をシフトしますと、、、もう貧しさ、孤独、絶望を感じなくていいのです。それは今できます。

現象に浸る

目の前に景色が広がります。この景色にこの体は「登場」していますか???していないんです。今このスクリンと景色だけが広がります。つまりこの体は居ないんですよ、、ほとんど。そしてこの景色の気づきにこの体は一切関わっていません。なぜこの状況でこの体について考える必要があるんでしょうか????関心を持たなくていいんです。この体は何もしていないのです。ギャグなんですよ、、、この体は何もこれからもしません。

この体、この私に関心が強すぎる

我々の旧常識からするとこの体この私はえぐい影響力を持っていることになっています。ですが実際は今もそうですが、、、何もしていない。認識の全てはスクリーンですし、この体はコミュニケーション上登場するぐらいです。つまり他のキャラとの関わり以外ではほぼ登場しないのです。新常識ではこの体(キャラ)がいかに罵られようと、、、本当の私(スクリーン、画面手前側)は何一つ傷つかないのです。

新常識

新常識で過ごすとどうなるか?????深刻になれません、、この体は実は何もしていなかったのですから、、この体が周囲からどう評価されても意味がないんです、、、だって完全な勘違いの評価ですよ。完全に間違った評価です。その勘違い評価を今後本当の私は気にすることができないんです。