分離しているという感覚に気づく

本当は分離はない

本当は分離していないにも関わらずなぜ我々は確実に分離意識を持っているのでしょうか??それはこの分離意識に気づくことができるからです。分離しているなーという感覚を気づくことができているからです。全現象、全思考、全感情はその場で気づかれているからこそ存在します。そしてその気づきは、完全なる無、無限の無が存在するからこそ気づかれるのです。

絶対の中に鏡が現れる

我々の本質は絶対です、無限です、、この無限が存在を認識したいがために鏡を作り出し、、自身の存在に気づくということをやっています。主人公は無限大であるゆえに、、、無限大の現象が起き続けるのがこの世です、、そしてその現象はそのまま気づかれていきます。無限大の鏡がこの現象界ですから現象は無限に起こり続けます。例えば今降った雨はこれまでの雨とは間違いなく異なります、全く同じ雨は今後も一切現象化しません。

同じ音楽を聴いても

全く同じ音楽を聴いたとしても、、昨日聞いた音楽と今日では絶対的に何かが異なります。耳という存在は毎日のように老化しますから聞こえ方が確実に変わっていきます。全現象を知覚する体が昨日とは絶対的に異なるということです。現象も変わり続け知覚するこの体も変化し続けますから同じ経験はありえないということです。これぞこの現象界が無限の鏡である証拠です。無限の経験に気づくことで、自身の本質が無限、空であるという気づきを得ます。

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