人生最悪の事態にどう取り組むか

先ず自分には何の責任もない、そして自分も居ない

多くの方の人生が重くなるのは、、自分の人生に責任を感じているからです。あの決断さえしなければ良かった、あそこでああ決めていれば今頃は、、あそこの判断ミスは一生後悔しても仕切れない、、、、終始こんな感じです。ですが実際にはただこの体を通じて思考、決断が湧き続けただけ、自分というラベルの貼られたこの体の中に行動が起こっただけのこと、、ただそれだけです。「自分」が判断ミスをしたのだというのは思考、空想の話です。「自分」はただのラベルです。自分という存在はどこまでいっても事実ではありません。

最悪に写るその事件は、、

そしてその最悪に見えるその事件は、、ただ起こっただけ、そしてそれは「自分」に対して起こったと思っていてもその「自分」も想像上の存在、実在しません。「自分」が居るという前提で事件が起こったから最悪と感じるが湧いたのです。例えば「自分」の家が燃えた、は最悪ですがこの「自分」が空想です、事実ではありません。よってただ家事があったが事実です。もしかして火の不始末があったかもしれませんがそれも「自分」は全くの非関与、ただそれが起きただけです。いや違う、「自分」が火を消し忘れたのだ、、そうではないのです。その「自分」がただのラベルであって実在しないのです。

脳があるから「自分が居る」と思うことができる

野生動物は「自分」という発想を持つことができません、それは脳が発達していないからです。人間だけが「自分が居るはず」と思うことができます。思考も行動も自分が行ったと思うことができるのです。事実はそういった思いが湧いただけです。事実ではありません。思考を捕まえて今の思考は自分が考えついたが湧いたのです。正しい反応とは今日はこの体を通じてこのような行動、思考が湧いてたなーです。そして明日は何が湧くのだろうか、楽しみだなーです。事実をただ観察すれば何も重いことはなく何も後悔がないのです。これは無責任ではなきのです、責任を取れるには「自分」がそもそも居ないという事実の話です。