全体は全体の動きを認識せず異物の行動のみを認識する
全体は全体が行うことを認識できません、コーラがコーラの動きを認識できないように。ところが全体は全体でないモノの行動は認識できます。コーラは異物の存在のみ認識できます。全体にとってこの自分は異物です、ですから自分が行うこと食事をする時の感覚、会話をする時の感覚、音楽を聞く時の感覚を全部認識します。全体と異物の接点は全て認識します。これが人間の五感の真実です。人間は自分が感じていると信じていますが実は全体が異物(自分)を感じているのです。そしてその経験を自分が所有します。そしてまた自我(異物)が発達します。
全体は友人の感情を認識しない
ではなぜ全体は私の友人の感情を瞬時に認識していないのでしょうか?それは友人が全体の一部だからです、友人の中に湧いているだろう感情も思考も全体の一部だからです。そして私の感情だけを異物のモノとしているからこそ全体がそれを認識しているのです。そうです、この私が見ている世界には私しか異物は存在しないのです。他は全部全体です。私だけが異物で他は全部全体、だからこそこの自分の感情だけを全体が認識しているわけです。
全体は全体以外に接触して初めて感覚を作る
我々が所有している感覚の全ては全体が経験したモノです。全体がこの自分と接触し経験を積みました、その経験をこの自分が自分のモノとしているだけです。今私がコーヒーを飲みます、コーヒー(全体)が私に接触しました、感覚が起こります。美味しいという経験が生まれました、これを自分、私が所有します。全体が自分(異物)の美味しいを認識しているのです。私がお腹が空くとします、、これは全体が私(異物)の変化を感じたのです。コーラが氷の減少を感じたのと同じです。ではなぜ私は血液の流れを感じないのか?それは血液の流れは全体の動きだからです。全体にとって血液の流れは全体の動きです。