「在る」=電源ON

否定できない

「在る」という否定できない感覚があります。電源ONの感覚です。これを否定できる人はいますか???今このブログを読んでいる方で、、「在る」という感覚、「電源ON」の感覚、生きているという感覚、「この意識」の感覚を否定できる人はいますか????いないですね。。。そうです。この感覚は90億人全員が所有する感覚です。そしてこの感覚を「この体の中の私」が所有する、、、という思考が起こります。これが嘘のプログラム、思考です。

とはいえ

「私」は、、、何かに依存しなくては存在できないため、、、体を所有し、この「在る」という感覚を所有します。そうなっているのです。自我とは、、何かと結びつく以外に存続できないのですから。だから嘘のプログラムが発動していいんです!!!!!何も問題がなくそうなるために生まれたのですから。ですが、、そのことに気づかない期間は、、、、重り1000キロを背負った状態、、何もしたくない、、、働きたくない、、結婚も本当は面倒、、離婚も面倒、、、親の世話、、、、勘弁してくれ!!!状態です。

だから

先ずは自我を肯定します。自我とはそういう存在でそう在るために生まれてきたのですから。自我は粗大な体と同一化し、、電源オンの感覚も同一視し、、幸福も所有します。ですが、、、全てそれは自我とは全く関係のないものです。自我とは、、、「私」であり、、、「私」は何とも一切関係がないのです。ですが何かを同一視せざるを得ない自我は、、絶対存在「在る」を同一視します。「幸福」を同一視します。「愛」を同一視します。こうやって依存先に最強の「存在」を携え、、、安定存続体制にシフトします。

だが

この自我の安定生存戦略が機能するのは、、真我が発見されない期間だけです。我々は実は三つの状態「目覚め、夢見、眠り」の根幹、基盤で在ることが明確になった時、、自我は、、、依存存在を失うのです。「幸福、愛、気づき、意識」は全てこの根幹の感覚であり、、、体である「私」であるはずがないのです。この明白になった詐欺行為が露わになった時、、、自我は存在を失うのです。かつての自我が木っ端微塵に消え去ります。そして「私=体=心」という役名のみが残るのです。