たった一つのエネルギー
誰も実在しません。誰一人存在できません。真我というたった一つのエネルギーだけが存在し、それ以外には何も存在しません。存在できるとすれば蜃気楼、幻想だけでのみです。幻想とは存在すると100%感じることができるが100%存在しない存在です。眠りに入ったら全消えしてしまう存在です。その存在を「実在」するとは言いません。実在するのは真我だけです。
そこに
私という思考「自我」が突然ボコっと現れ同時に心が現れ世界が現れ、、その私は「真我」と同一化し、体と同一化し、心と同一化します。真我の中に「私」が立ち現れた瞬間です。そして「私」が立ち現れることで「あなた」「彼」「彼女」「その他大勢」という幻想が立ち現れていくのです。真我の中にあらゆる幻想上の存在が現れ出たのです。この動きを何千回と輪廻転生の中で繰り返してきました。その経験が「サンスカーラ」であり、、そこから起こる動的傾向がヴァーサナーです。
ジニャーナヨーガ
個人の存在を認め、世界の存在を認め、、その上で再結合を目指すのが一般的ヨーガです。一方知恵の道、ジニャーナヨーガは、、、最初から「私」を全否定します。「私」という感覚は自我でしかなく、、その自我は実在しないと全否定してしまうのがジニャーナです。自我は実在せず、、、真我だけが実在する、、この事実への気づきは、、そのままかつての自我が作りだした世界を変えていきます。真我が発見された後の自我はもう自我ではありません。自我とは真我の「気づき」を拝借していた存在だからです。
自我の動きが変わる
それでもヴァーサナーが在る限り、、、そのヴァーサナーは、、自我に絶対的な何かへの依存を促します。これまで散々散々何かに寄りかかってきた自我はその何かがなくては存在できません。そこで絶対的何かを真我にシフトするのです。これがヴィチャーラ、真我探求です。もう友人に依存する、会社に依存する、地位に依存する、SNSに依存する感覚が消えています。真我に依存するのです。真我として「在る」ために動きが起こるのです。ヴィチャーラへヴァーサナーが動きます。