トラブル

このトラブルさえ過ぎれば

このトラブルさえ消えてしまえば、、、もう安泰なのに、、、、これが多くの方の本音です。息子の中学受験さえ終わってしまえば、、もう悩みは無いんだが。。。。です。しかし、、、残念ながら、、、本質に気づいていない、、、なぜ息子の中学受験が「問題」だったのか????全員が全員にとって息子の中学受験は「問題」ですか?????「中学受験=問題」というのは真実、変えがたい真実ですか????違いますね????中学受験が「遊び」である家庭もありますよね????そうです、、それを問題にしたのは「恐れ」ただこれだけです。

つまり

中学受験を問題に仕立て上げた真犯人は「恐れ」でありこの真犯人を取り逃がした状態で「問題」を表面上片付けても「真犯人」は全く取り押さえていないので、、、この真犯人が新たな問題をこしらえます。だから先ずはこのことに気づくのです。その瞬間、中学受験を上手くやろうと成功しようよ失敗しようと意味がない、、ことにも気づき、、中学受験の成否に関心が薄れるのです。

真犯人

真犯人は折角問題をこしらえているにも関わらず、それに関心を持ってもらえず、、真犯人の取り押さえに関心を持たれることを恐れます。どんなに沢山問題を生み出しても全く通用しないのですから。ついに「この意識」が真犯人である「恐れ」を発見し、恐れ自体を消滅させることに乗り出したのです。では恐れ自体を諸滅させるにはどうしたらいいのか???に迫っていくのです。

恐れ

恐れは何でできているのでしょうか???何が恐れの構成要素ですか????記憶です。記憶がなかったら恐れは生まれません。サソリを人が恐れているのは間違いなく「記憶」です。毒蛇を恐れるのは間違いなく「記憶」です。この記憶こそが恐れを生み出します。そしてその記憶が間違ってるいから「恐れ」が実は起こっています。悟った人というのは勘違いの記憶が消えて、恐れが発生しない人のことです。恐れが発生しない時、周囲からは八方塞がりに見えても本人にとっては何も問題ない、、となります。