時間を超えて
時間を超えた存在「実在」は変化しません。変化とは時間の中で起こることであり時間を超えた存在「実在」は変化できないわけです。逆に言えば変化する全ては幻想です。その幻想は実在の投影ですから、、、その幻想に分離は一切ありません。ですがその幻想中に、、分離しているという思考(幻想)が現れでた時「苦しい」という思考(幻想)が今幻想の中に現れでます。ただそれだけです。この体も変化しますから当然幻想であり分離もありません。森羅万象の動きの一部です。一部ではありますがそこには差異はないのです。全体の動きに過ぎません。
空間を超えた
実在は空間を超えていますから、、それはスペースではありません。実在は無限です。実在が無限だからこそ、その投影の幻想も当然「無限の現れ」となります。だから今目の前の幻想は無限の表現をします。一瞬一瞬変わりゆくのは実在が無限だからです。その投影はまた無限の表現です。無限の表現だから、、、、、ここに無限全てが現れるのではなく部位別に現れることが可能なのです。それが現実と呼ばれる我々の世界です。部位別表現が、、、、この宇宙というスペースの表現となったのです。この「実在である無限」の投影方法が部位別だから「時間」「空間」という概念(幻想)が生まれたのです。それすらも無限の現れに過ぎません。
そうすると
全ては実在である「不変であり無限」の投影であることが分かった場合「この世界」に問題など起こり得ないことが分かります。全ての現象が起こらなくてはならないのですから今まさにそれが起こっているのです。そしてその現象に「問題」という定義を当てはめることも表現の一部です。すなわちこの世界には事実としての「問題」は皆無です。実体がない世界に問題など起こることが不可能です。「何があっても私は気にしない」というクリシュナムルティの言葉はここからくるのです。