出来事=儚い

全て消える

今日の飲み会は最高に楽しかった、、、今日が最高だから、、、これから毎日飲み会しましょう。。。。。とはならない。なぜ?????毎日となれば、、多分、、、最高ではなくなる。。。。なぜ、、、、それは、、、、たまにだから最高であって毎日であれば最高ではない。。。。。つまりこれは刺激と同じ。。。刺激は毎日だと、、、、逆に苦しい。。。つまり「最高に楽しい」の正体は「苦しい」なのです。「最高に楽しい」を重ねて重ねて重ね尽くせば「苦しい」になる。つまり原料は「苦しい」が正解です。

出来事

出来事とは、、、全て幻想です。幻想ですから当然現れては消えます。現れては消える出来事を追い求めることを儚いと表現します。全ては出来事です。出来事とは儚いものなのです。ですから出来事に関心を向けること自体が「儚い」に関心を向けることになります。関心を向けるべきは儚い出来事ではなくその出来事を生み出す存在です。儚い出来事が常に現れようと「私は在る」というこの感覚は微塵も揺れ動くことなく「ドカン」とここに存在します。私とは儚い出来事の享受者ではなく、私の中にこの儚い出来事が起こるのです。その時、、出来事は「私は在る」の愛の表現にシフトします。

私は在る

「私は在る」に意識の焦点が合えば、、、出来事は愛の表現になり、、、、、、、、出来事自体に意識の焦点が向かえば、、、、儚い、、、になります。幻想に関心が及べば、、、、その幻想は必ず消えていきますから「儚い」になります。何が起ころうとも「私は在る」の中でしか起こり得ないという事実に帰れば、、、それは愛の表現になるのです。儚い世界を生きるのか「私は在る」の中で愛の表現を楽しむのか、、、選んでください。ただ選んでください。それだけです。