私とは言葉が作った「私感」
私というこの世界に完全独立した存在がいるのではなく「私感」だけがあります。言葉は感覚を作り出します、「霊」という言葉が霊感を作ります。「気」という言葉が「気感」を作ります。私という言葉が「私感」を作ります。そうです我々のこの紛れもない私という感覚は言葉が作り出した「私という感覚」です。思い込みが激しい性格の方は「私感」が強いのです。私感をガンガン感じるのです。だから「私が居ることに」疑いを持たないのです。
だから
私なんて居ませんよ!!!!と言ったところで『じゃあこの私という感覚」を説明してみろ!!!!で終わりです。そうです、、この体には私感が張り巡らされているのですから。ではもうこの私からは解放されることはないということですよね???????とんでもない、、「言葉がこの私感を作り出している」という事実の認識こそが最も重要なことなのです。「マジック、イリュージョンのプロ」がそのマジックはこうなっていると解説した瞬間「マジックが違って見えます」、そうです、、我々は抽象度を上げた解説を認識した瞬間「私感」が変わるのです。「私感」を認識する存在が現れるのです。今「私感」が起こった認識を「認識する」が起こるのです。
「私感」は「幸福感」を味わえない
私感を感じている時「幸福感」を感じることはできません。「私感」を感じる時「辛い感」を感じることはできません。「私感」を感じる時「悲壮感」を感じることはできません。「私感」の上に「〇〇感」が重なることはありません。つまり私は悲しむことも苦しむことも幸福になることも無理です。「私感」が感じられその後「苦痛感」が現れ「分離感」が現れ、、が続くのです。
苦しみを生み出す「私感」
私がこの世界に出現したのではなく「私感」がこの世界に現れました。「私が居る」という思考が「私感」を作り出し「私感」→「分離感」→「孤独感」となります。それを味わっているのは「私」ではないですよ!!!!!!私は居ないんですから。逆に「私感」を「私感」としてしっかりと認識した時、、、、この「私感」はなぜ起こったのか???????「私が居る」という思考が起こしたのだ!!!!という認識が起こることで「私感」が紐解かれていきます。