方便からの入り
真実はシンプルですがシンプルすぎるが故に拒絶反応も半端なくあります。真実は人間常識とは180度異なるのでそのまま学んでも全く入ってこない、認識できないというパターンに陥るわけです。そこで重要になるのが方便、比喩です。今この自分が居るという前提、ストーリーの流れから真実を完璧に理解してしまうということです。理解が起こってしまえばこっちのもの、、真実が完全に起こります。
自我を利用する
自我は「私」にまつわる内容であれば読み込みを行います。この説明は間違い、自我前提のストーリーが起こっている場合、、自我前提の理解の起こし方が最もスムーズに真実の理解が起こります。だからどこから入るかです、人間常識を真っ向からバッサリ切っていく真実から入るか、、人間常識を前提に徐々に徐々に目覚めに導く内容で進むかです。
ノンデュアアリティ
ノンデュアリティ と呼ばれるメッセージは、、英訳そのままに非二元ですから、、私と私以外というストーリーを完全に否定します。完全否定から入ります。これが真実に目覚めさせる劇薬になる場合もあるしこの劇薬が強過ぎて理解が起こらない場合もあるのです。どちらにしてもこれはケースバイケースです。見かけ上の私の場合は半々でした。ノンデュアリティ のメッセージで真実を頭で理解し、、その上で方便のメッセージを読み込みますと混乱が起こらず、、スムーズな理解が起こりました。最終的にはこうなっているという答えを持った上で方便を読み込むことで絶対的な安心の中で理解が進みました。