自我が何かをするというさらなる勘違い

自我には何もできない

自我は幻です、幻影です、蜃気楼、オーロラです、、ですから自我が何か他に影響を直接与えることは不可能です。ですが自我というオーロラの存在によって、、新しい思考が生み出され、、、その思考がイメージ化される、、ストーリー化されるのは事実です。自我というオーロラは何か影響を与えることは不可能ですが、、そのオーロラとしての存在の認識は次なる思考、行動に影響を与えます。

自我=オーロラ

他人はこの自我というオーロラをこの体というオーロラの中にありありと感じるわけです。。だからあの人の自我ってこんなんだよね!!!!という会話が成立するのです。ですがこれはオーロラですから、、そこを突き詰めてみても実在はしないのです。オーロラという見栄えはありますが、、そこには実在がないということです。そしてそのオーロラには境目があって他のオーロラとは異なるかと言えばそう見えるだけであって真実では境目はありません。

だから

だから覚者は、、全ては一つであることを実感します。全てはオーロラのようにあるけどないのです。。あるようにどこまでも見えますが、、実在はないのです。そしてオーロラをオーロラたらしめる光の存在、、こそが我々の本質です。そしてこのオーロラの存在を認識する存在こそが我々の本質です。