真我からの導き

先ずは己を知る

自我とは何か????これを考えたところで無理です、、このありありと感じる自我を無いとか、有るとか、、不可能です。そうではなく、、、本質をから入ります、真実の理解が起こりますと、、、自我なんて完全にないことが理解できます。自我の構造が完全完璧に理解できます。本質が分かって自我の嘘が見えないというのは逆に不可能なんです。本質=本質であり、、自我は本質を利用した詐欺師です。詐欺師を詐欺師と見抜くならば、、本質を知れば勝手にそれが詐欺師であることが分かるんです。

詐欺師

自我とは詐欺師であり、、、詐欺師とは本物を知る者を騙すことができません。だから本物を知るのです、、本物を知れば勝手に詐欺師は詐欺師と気づかれます。面白いほどに詐欺師の存在を見抜くことができます。では本物とは誰か????誰ではないですね、、本質、本物とは、、この生そのものです。全活動これが我々の本質であり全部です。そしてこの認識の全て、、全認識は、、、本質が空だから成り立ちます。究極の本質は空であり、、この現象は空の影です、反映、投影です。

意織

意識とは空から影が現れたことに「気づく」ことです。影が空から現れれば、、それは意織されます。これが我々が普段感じている「意識」なんです。そうです、、今感じている「意識」は、、空から起こっているのです。全くもってこの体から起こることはなく、、全部は空から勝手に起こっています、この意識が。この意識を捕まえて「自分」と表現するのが我々人間業界です。この体の中に「自分」がいるという発想はエゴ、自我ですが、、これは嘘です。

嘘を真剣に信じることで我々は、、詐欺師になりました。あの人、この人、友人、知人、、、全部詐欺師のことです。意識をこの体の中の「何か」と信じてい生きています。ですが真実は、、この意識は何かに収まるわけがなく、、完全な空からの現れです。だから見える現象そのものから気づきが起こっているのです。ではその空はどこにあるのか????言葉でこれを表現するのは不可能です。なぜならば空は形もなくスペースでもなからです。ですから頭で考えてイメージをしても全くもって実感はできません。頭では絶対にイメージできない存在だからです。

この影、、この色、、この現象が完全に自分自身であるという自覚が生まれますと、、、色即是空が起こる可能性があります。つまり空を実感するということです。この体は間違いなくその現象の一部でありこの体がこの認識を起こしているというのは完全に錯覚なんです。この錯覚を自我と呼びます。

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