今からスタバに行こう

この感情はどこから?

今からスタバに行こう!この感情、思考が突然自分の中で湧いてきたとしましょう、ではこの感情、思考を湧かしたのは誰ですか?当然自分自身だと思っっています99.9999%の人は。ですがもしもスタバに行こう!という思考を自身が作ったならばこの思考を作り出す材料が必要になります。この思考の材料を手配しなくてはならない、思考を作り出すのですからそれには材料、要因が必要になるのです。それを例えばエネルギーとしましょう、その思考を作り出すエネルギーを自分が作り出したのだと。

ではそのエネルギーの原料は?

ではその感情、思考を作り出したエネルギーの原料は何でしょうか???そのエネルギーをこの宇宙に誕生させるにはそのエネルギーの原料が必要になります。それを使って自分がそのエネルギーを作り出したのですから。そのエネルギーをエネルギーAとしましょう。私がエネルギーAを使って「スタバに行こう」という思考、感情を作り出したのならば、そのエネルギーAを作り出した原料エネルギーBが必要になるのです。

エネルギーCも必要になる

エネルギーBが宇宙空間に突然湧かせることは「自分」にはできませんからエネルギーBを作るにはエネルギーCが必要になります。エネルギーCを宇宙空間に突然湧き上がらせることは「自分」にはできませんからエネルギーDが必要になります。つまりエンドレスにエネルギーは必要になるのです。そこでおかしなことが起きます、「スタバに行こう」は瞬時に湧いてきていますから、、スタバに行こう!に莫大なエネルギー重層構造を構築する時間が必要であっては困るのです。ということでこの理論は破綻しているのです。

スタバに行こうは突然湧いただけ

つまり「スタバに行こう!」という思考感情はただ突然湧いただけということになります。「自分」という存在は作り出したのではなく、、突発的に、事故的に湧いたのです。そして全て思考感情は「自分」という存在とは全く関係なく湧くのです、すると意志決定してきたとされる「自分」という存在が崩壊し始めます。何も思考感情を作り出していない「自分」はもはや自分ではなく存在すらしていないのではないか?となるのです。これが自我の終焉です。