構ってもうらおうとする自我の動き

無視

自我は無視をされることを一番嫌います、、、自我は実在しません、、脳が作り出したアイデアです、、非常に軟弱な存在ゆえに、、、維持していくためには他人からの肯定を求めるのです、、、そのため相手から無視をされると、、激情します、、、、なんとか構ってもらいたい、、、構ってもらって自我は肯定され安心が起きます、、、

攻撃

構ってもらうためには自我は攻撃も辞さない、、、攻撃すれば相手をしてもらえる、、肯定してもらえる、、このようになります、、、自我は実在しないので、、、、自我という幻想を、、とにかく肯定してもらいたいだけなのです。そのためには、、攻撃をしかけて関心を自我に向けるように仕向ける動きが起きます。

本当は実在しない

本当は実在しないのですから、、周囲から無視をされても全く問題がない、、、、居ないのですから、、、居ないにも関わらず「居る」という壮大なストーリーをぶち上げてしまったばっかりに、、、思考感情行動は居ることを証明するように起こり続ける。。脳はこの自我ありきのストーリーを維持することで、、この体を維持しようとする、、、自分とは脳が作りだしたアイデアです、、、そして本質はこのことに気付いています。。。本質がこの脳が作り出したアイデアに焦点が合うことで、、、このアイデア(私)が実在するかのような物語が起こります。

人間関係が全く無くても

人間関係が全く無くても本質は全く問題はありません、、本質は本質そのもであり、、人間を必要としません、、、必要なのは自我です、、自我は妄想ですから、、、、他者に認めてもらえないと、、消滅してしまいます、、そのため、、、常に他人と関わろうとするのです。人と話をしたい、人に会いたい、、全部幻想の自我を維持しようとする動きです。そのことが理解できますと、、、人間を必要としなくなります。本質には孤独はありません、孤独は自我が作り出します。

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