今日から旅に
今日から旅にでよう、、この思考が真我から生まれました、、そして旅に出る、、、ウキウキ、ワクワク、、全部真我から生まれています、、心拍数が上がる、、、全部真我から生まれます、、その心臓を心臓在らしめているのも真我、この体を体在らしめているのも真我です、、、飛行機に乗る、、この飛行機を飛行機あらしめているのも真我です、、見える景色をを景色在らしめているのも真我、、見えるという経験、この経験を在らしめているのも真我です、、全景色、全物質、全経験、全感想をそう在らしめているのが真我です。
旅でスリにあう
旅でスリにあってしまった、、、そのスリ師をスリ師として在らしめているのが真我です、、スリにあうという経験を作ったのが真我です、、そして落ち込む、、、この落ち込むという感情を作り上げたのが真我、感情を感情在らしめているのが真我です、、、そうです、、全部が全部真我の動きでしかない、、、それ以外が何もない、、、
この中で個人は何かしたのか???
全部が全部真我の活動でしかない、、では個人は何をやっているのか?????もう分かりますよね、、、何もしていない、、、全部真我からただ淡々と起こり続ける現象を、、個人がやったという誤解が起きているだけなのです、、ここが最重要ポイント、、ここがこのシステム次第の分岐点です。「旅に出よう」これが真我から生まれている、、これを「私はそう決めた」こういう思考が真我から生まれた、、、「私はそう決めた」が真我から生まれたならば自我の活動は皆無です、、、、「私はそう決めた」は自我の活動だと思う思考が、、、真我から生まれていただけだった、、以上