「重さ」さえ無ければ

淡々と起き続ける事象を眺めて

子供が可愛いのは行動、言動の軽さです。全ての行動に深刻さがないのです。中学生ぐらいになって徐々に重くなっていくのは全ての行動において目的を置き始めるからです、これは将来自分のためになるのか?という目的です。「自分」にとっての損得勘定が働くようになると途端に重くなっていきます。なぜならば損得勘定を思考し行動をしても幸福になるどころか重く重くなっていくからです。ですがなぜ自分が今重いのか分からずむしろ重いからこそより損得勘定を「考える」ようになるのです。

それでもさらに損得勘定を考える

自分というのはとても小さい存在ですからこの自分感覚が強化されますと非常に息苦しくなります、自分とは締め付け感覚です。この締め付け息苦しさが重く重くのしかかってきてより「自分」を守ろうとする感情が湧いてきます。思考はフル回転しこの「自分」にとって損か得かを考えるが湧き続けます。こうして自分がいるという感覚を基本にした思考ファンタジーループに入ります。これが人生を重く重くしていきますがこのことに気づくがなかなか起きません。

スポーツするだけで

どんなに損得勘定を働かせても全く軽くならない人生においてスポーツをすると途端に軽くなるという現象が起きます。この軽さは何だ???そうです、五感を開くと人生は軽くなるのです、お酒を飲むと軽くなるのは五感が開いているからです、美味しいものを食べると軽くなるのは五感が開くからです。五感が開くと根源、全体が五感を通じて入り込んできます。思考では絶対に起きない軽さが五感を通じて入ってきます。