「幸せ、嬉しい、楽しい」の真実

実は「自分」がいないときに湧いている

幸福、嬉しい、楽しい、、、この感情を自分が味わっているとき自分は気分が良くなります。それで自分はまたこの感情を味わいたいと切に願います。ギャンブル、恋愛、お酒、タバコ、仕事、、、、このパターンを覚えた自分は何度もこれを繰り返していきます。ですが皮肉なことに、、、、実は、、、「自分」が居ないときにこの感情が湧いているのです、というよりもこれは感情ではなく「無我」です。亭主元気で留守がいい、、、これです!!亭主は家に帰ったときに家族が幸福そうな姿を見て俺が帰ってきたからみんな幸福なんだと勘違いします、、、、本当は亭主が家にいなかったから幸福だったのです笑、、、なんという皮肉、、、逆、ブラックジョークです。これは人間も同じ、、、体、思考、感情を「自分」とする感覚が抜け落ちたとき、つまり自分が居なくなる時幸福が湧いているのです、、、、そして自分は勘違いします。。ただ麻雀、ギャンブル、お酒、恋愛が楽しかったのだと、、自分が楽しめたと勘違いするのです。実は自分が居なかっただけです。

自分が家族を幸福にしている、、、

亭主の帰りを心待ちにしている家族は実はなく、、、いない状態が平和で歓喜で安堵だっただけ。そこに帰った亭主はうちはみんな幸福そうで素晴らしい、、と大きなる勘違いをします。。。。。そして次の日はしっかりと会社に行くことで再び家族に平和が訪れます。。この勘違いを「自分」がやっているのです。自分とは本当に可愛らしいモノです、、、なんと抽象度が低い存在なのか。。。

自分を無くしてしまう

自分がいないときに平和、歓喜、安堵が押し寄せてくる、、、これがわかった以上、、答えは簡単、、、、もう全部を自分にするのを辞める、、、これだけです。。。。思考が湧いてもただ湧いただけ、、感情が湧いてもただ湧いただけ、、、肉体に異常が起きてもただ起きただけ、、、自分ごとにしない、、、自分と同一化しない、、、これで自分はこの世から居なくなります。名前を呼ばれてもただこの肉体(思考、感情)が呼ばれただけ。。。それは自分ではない、、、、常時これです。この世界に「自分」はいない、、無我しかない、、、