自分とは面白い
自分というのはこの体の王様としてのさばっていますが、、、本当のところ唾液の分泌、胃腸の動き、排泄までの流れ、心臓の動き、発汗作用に至まで何一つ自分の意思では行っていせん。全部自動操縦、唯一、思考、体の動き、感情の処理などを意識的に行うことができますがそれ以外は何一つ「自分」の意識では行っていません。にも関わらず「体、思考、感情」を自分でコントロールし行っていると勘違いしています。だからこそこの「自分」は思考の制作を積極的に行います、思考が湧いていれば自分という存在を強く意識できるからです。
いっそこの「自分」が居ないことにして暮らしてみては、、
自分という認識などなくても放っておいてもこの体は動くし、思考も感情も意識しないでも勝手に湧いてきます。例えば料理をする時など、、全部を無意識で行うことができます。計画を立てるという行為は必要になるかもしれませんがそこに「自分」は必要ないのです。ただ美味い料理ができたときは「自分」が作りましたとインスタにアップしたくなります。「自分」がやることなどその程度のことです。
この体で起こるほとんどをノータッチなのに、、なぜ偉そうにしているのか
心臓などの内臓を思考(自分)の部下としたら内臓は自分の命令など一切関係なく動いています。感情をもしも思考の部下とするならば感情など全く上司(思考)のコントロールが効きません。ましてや思考そのものすら自動反応で止めることができません。にも関わらずこの私は体、思考、感情を「自分」と認識できているから凄いことです。これほどまでに不安定な要素をかき集めて「自分」と認識しているところが面白いのです。