雑談
雑談、ゴシップ、世間話、、、これらの会話の中心には「恐れ」があります。政治が、、経済が、、気候変動が、、、です。恐れを雑談で、、、誤魔化します。毎日毎日、、、雑談する中で、、この恐怖心を見て見ぬふりをします。この恐怖心とは何だ????と直視する代わりに、、、雑談の中で、、ストーリーの中で、、、恐怖心の原因を先延ばしするのです。苦しみとは何か???ここに直視する代わりに、、雑談、ストーリーの中でこれを回避するのです。直視からの延命措置、避難措置です。
何時間喋っても
何時間ゴシップに明け暮れても、、恐怖心そのものが消えることは絶対にありません。なぜならば、、ストーリーの中に解消方法はないからです。ストーリー自体が恐怖心の生みの親なのですから。そのことに気づき始めると、、、ストーリーへの逃避ではなく、、、恐れとは何か???という真の追求にシフトします。ズバリ恐れとは、、、個人が誕生したという勘違いそのものから生まれます。個人という体験者がここに存在するという勘違いこそが、、それです。体験者が体の中に「ガツンと」入り込んだという勘違いが、、入り込んだ外の世界もリアル化され、、、個人VS 世界の構造を生み出すのです。体験があまりにもリアルだから、、体験者個人もあまりにもリアルに感じ、、世界もリアルに感じるのです。
本当は、、、
本当は体験だけがリアルであり、、、体験の個人化は嘘です。個人以外の世界も嘘です。この嘘を信じる動きこそが恐怖です。だからこの恐怖心は、、嘘を信じる動きが原因であり、、よってゴシップの中でこの恐怖心が消えることはあり得ないのです。ですが人はこの恐怖心と向き合うことはしません。なぜならば、、、恐怖心の生みの親は自分自身であり、、恐怖心と直に向き合うとは、、自分自身の死を意味するからです。だからこそ、、恐怖心の真の犯人を発見したくないからこそ、、ゴシップに逃げるのです。
人間関係
人間関係とは、、、真犯人である個人の犯罪を直視しないための、、、集団逃避行動です。私もあなたのストーリーを保証するから、、あなたも私のストーリーを保証してちょうだい、、という互助組合です。お互いにお互いの自我をしっかりと保証しあって行こうよ!!!です。恐怖心はあるけどさ、、、それはお互いが話を聞き合って解決しよう!!です。ですがその個人個人の存在こそが恐怖心の生みの親であることはどこかでは分かっています。だからこそ、、、私もその話題は口にしないからあなたもその点よろしくね、、です。