主体客体の逆転現象

全体が私で、この体は異分子

例えばここにコーラが並々と注がれたグラスがあるとします。このグラスの中にコーラを注いだら?コーラが増えます。これは当たり前の話です。もしもこのコーラに意識があるとしましょう。グラスに入ったコーラに意識がある、もしもここにコーラが注がれても入ってきたコーラはその中で混じり合い入ってきたコーラを意識することはできません、なぜならば同じコーラだからです。ところがです、このコーラの中に凍らせたコーラを入れたらどうなるか?コーラはこの凍らせたコーラをはっきりと認識するはずです。コーラにとって凍らせたコーラは振動数がはっきりと異なるため認識できます。私たちが目で見ている世界を全体とした場合、この全体は全体の中で起こることを認識できません、なぜならば全体自身だからです。コーラの中でコーラの動きを認識できないのと同じです。全体の中にもしも異物が混ざり込んでいたらどうなるか?全体は異物を認識します。全体は観葉植物の成長を認識できません、なぜならば全体の一部だからです。ところがこの体の尿意を感じます、なぜならば異物だからです。全体は風の動きを認識できません、なぜならば風は全体の一部だからです。ですがこの体の中に起きた風邪は認識できます、異物だからです。

我々が認識しているのは、、、全体が異物を認識しているだけ

かなり話が混沌としてきました、全体は全体の中で起こる変化は認識できず、、、この体の中の変化のみ認識できます。全体は異物の変化は認識できますが全体の変化は認識できないのです。コーラは中のコーラの動きを認識できず中に入っている異物のみを認識します。全体にとってこの私、自分は異物なのです。だからこそ思考が湧けば気づきます、異物のモノだからです。感情が湧けば全体が気づきます、異物だからです。自我の中で起こる思考、感情を全体は直ぐに感知します、そしてそれを自我は自分のモノにします。全体が感知した思考、感情を自我は自分のモノにします。全体と自我のスーパー連携プレイです。

全体は全体が起こした現象を認識できない

全体は海の動きを認識できません、なぜならば海は全体そのものだからです。コーラがコーラを認識できないのと同じです。ですが全体はこの自我の動きを全部認識します、自我が話すこと、自我が聞くこと、自我が思考を回転させること、自我が落胆すること、、、これらは全体の中に起こった異物の動きです。コーラの中に起こった氷の動きです。自分の中で起こる思考、感情、あらゆる動き、自我が発動した動きを全体は瞬時に認識しそれを自我が自身のものとして所有します。全体と自我の二人三脚です。これが我々の日常で行われている真実です。