諦めて戻る

平和と愛

平和と愛はどこにあるのか???どこにあるのでしょうか???そう信じてこの幻想の世界を彷徨います。家を建てたら、家族ができたら、、給料が増えたら、奥さんの機嫌がよければ、、平和と愛が手に入ると信じているのです。ですが残念ながらそれ全て幻想です。幻想ということは実態がないのです。実態がない何かを集めても何にもなりません。ですがもう外にしかそれを追い求て来たことがないので、、、惰性と慣性でそれをやる続けるのが人間と呼ばれる幻想の傾向です。

どこにもない

愛と平和は外にはどこにもないわけです。どこを探したってないのです。ではどこにあるのか????どこ???それがこの幻想の全てが存在する場所ではなく、、それを超えた場所です。幻想の全てを生み出す場所にしか「愛と平和」は存在しません。幻想の中で探すのを諦めて、、幻想を生み出す場所に「愛と平和」を探すのです。そこに「愛と平和」が実在します。

実在

愛と平和は実在です。実在ということは現れては消える幻想ではないということです。ところが車、人間、マンション、地位、名誉、名声は、、、現れては消えるわけですから、、、、、これは幻想なのです。そこではないんです。その幻想に気づく気づきこそが「真我」であり「実在」であり「愛と平和」です。気づきは同時に無限であり、永遠です。その反映がこの幻想という世界です。だからこの反映は変幻自在に変わるし、時間も生み出すし、空間も生み出すのです。この無限の表現こそが自身の「無限」を証明するわけです。そして自身の存在の自覚が、、、この真我には含まれています。