ここは影
ここが「絶対」と呼ばれる存在の影です。影の中に個別分離した存在があるわけがなく、、よって、、、ここには「自分」と呼ばれる存在は存在しません。ですがこの影の世界では「名前」で呼ばれる機会が多いので「自分」とは存在する存在なのだとする勘違いが生まれます。「この勘違い」こそが分離感、孤独感、悲壮感、無力感を生み出す根源です。
影は自由自在
影の動きを見てください、、常に予想不可能、想定不能、、、、自由自在です。これです、、、これがこの世界なんです。「絶対」「空」の影であるここは完全完璧に予想不能です。そこにこの体も現れ、、あらゆる五感が起こりますが、、何一つ想定不能です。そこに「思考」も起こり、、この「思考」も想定不能です。唯一の安定とは全くもって想定不能の自然現象(影)が不断に起こり続けるということです。その視点に立った時この世界は究極の安定とも呼べます。
影の一部
この体はその「絶対」から起こる影の一部に過ぎず、、、よってこの影に何があろうとも「絶対」は「絶対」でなくなることなどあり得なく、、体を消失することは何の意味もありません。何の意味もありませんがこの体がなくなれば、、この五感が作る世界も同時に消え去ります。そういう意味ではこの体の価値は壮大です。マリオが登場しなくてはスーパーマリオの世界が現れ出ないことと同意です。