記憶が作り出した世界

記憶がなければ目の前の景色に「机」も「椅子」も「PC」も「照明」も「カーテン」も存在しません。信じられないかもしれませんがそれを机、椅子、PC、カーテンと認識できるのは記憶というデータが作り出したからです。我々は目の前の映像をありのままに見えていると「思って」いますがそうではなく記憶が作り出した「概念」を見ているのです。だから「見飽きる」という現象が起こるのです。

何かを求める

景色の中に「机」「椅子」「PC」「カーテン」を作り出し、、この体の中に「私」を作り出します。記憶から直接この「切り抜き」が起こります。「私」が現れ出た瞬間「居心地の悪さ」が現れでて、、その「居心地の悪さ」を「対象」を使って解消しようとする動きが起こります。この動きが記憶から直接現れ出るのです。じゃあ我々には何の策もないではないか???????勝手に自然に記憶から「概念」が現れ出るならばそこを止める術はないじゃないですか????????

大アリ

このメカニズムが苦しみを起こすのは「無自覚」だからです。このメカニズムに「無自覚」であるために苦しみが現れ続けるのです。つまりこの記憶からの「概念制作」の術を見破ってしまった瞬間「違和感」は起こりません。違和感とは記憶概念によって切り取られた「存在」が実在と信じることから起こるのですから。この術を見破ったら最後「違和感」から起こる「苦しみ」が消えるのです。