一つしか起こらない

この瞬間

味、香、食感、熱、音、、全てが同時に入ることはなく、、、何か一つです。大木を見た瞬間「ビジュアルが入り」「音が入り」「香りが入り」「触れれば感触が入り」ます。次に「私が触れた」という思考概念が入ります。一瞬一瞬は常にたった一つの経験、感覚であり、、、私を思考しながら感覚が起こらない。。つまり感覚と「私」は一回たりとも交わることがないのです。要は感覚を「私」は感じたことが全くないのです。

それでも

私が味わった、見た、香った、触れた、、、と表現します。その表現時、思考時、全ての感覚が閉じています。思考が湧いていない時「感じる」が起こるのです。私はどこまでいっても感覚とは無縁です。ですが体はこの感覚とは無縁ではなく全感覚は「身体」がなくては存在できないのです。ですが「私」は常に五感とは無縁なのです。