全肯定
覚醒とは全肯定のことです。全ての現象を受け入れることです、、、、その現象が「私」に危害を加えることを受け入れるのではありません。その現象が起こったことを受け入れるのです、、猟犬が道にいて甘んじて噛まれろということではありません、、その存在が登場したことに良否はないということです。そこから飼い主を責め、怒りに震え、、1日をそこに費やすという思考の罠に気づきます。思考は常に現象に判断を加え、良否を下しますが、、その思考判断劇場に居る期間は「苦しい」ですよ、、という話です。
猟犬の登場が苦しいのではない
猟犬の登場自体は「苦しみ」にはなっていないんです。。。それ自体に良否はないんです。「私」に危害を加える可能性があることを起こした飼い主を責めるというストーリーに入り込みますと「苦しみ」が発生します。この事実を理解します。猟犬自体はストーリーではありません。猟犬の登場によって「私」を作り出し、「飼い主」を作り出し、、、「私」VS「飼い主」の物語を作りますと、、「苦しみ」が生まれます。
ストーリー
苦しみを作り出していたのは「猟犬」ではありません。猟犬の登場をきっかけに「私」「猟犬」「飼い主」というストーリーが打ち上げられるのが「苦しみ」です。全現象は全現象としてこれからも起こるでしょう、そこは間違いありません。。そこからストーリーに入らないことです。その現象は現象そのものとしてこれからも起こります、この事実、真実のみを相手にします。
止まる
徐々に徐々にストーリーへの誘いが起こらなくなります。徐々に徐々に「私物語」が起こらなくなります。真実ではあらゆる現象が「私」に向かって起こるのではなくただ起こります。ここに気づきます。「私」とはあらゆる現象のたった一つであり、、全現象は「私」に向かって起こっているのではなく、、ただ起こること。。ここに気づくのです。その時真の安らぎ、真の平和、真の愛に気づきます。