ストーリー

自覚

この私、私のストーリー、、これがあるのは明白です、多くの方にとって。働かないといけないのは誰???食事を食べないといけないのは誰????掃除をしないといけないのは誰????と常に外部環境はこの体をストーリーに誘います。もう当たり前のように。だからついこのストーリーに入り込みます。ですがこれが罠です、、働くのに「私」は必要ありません、掃除に「私」は必要ないんです、食事にも「私」は要らないんです。ただやればいい。

全体の自覚

全体であるという圧倒的自覚が、、ストーリーへの埋没を止めます。どこまでストーリーに入ってもどこかで気づいています。。これが嘘であることを、、これ重要です。あれ、、また私は入り込んでた、、、です。あれ、、また私やってた。。です。つまり、、、、入り込むことに、、、自覚的になれるのです。入り込む、、、と同時にそこを俯瞰する全体が現れます。そしてどのような状況になろうとも深刻にならない全体が現れるのです。

時間空間が薄れていく

今何時だ????時間と空間の認識が薄れていきます。今年中にこれをやらなきゃ、、今月中の目標は、、今週までにこれを!!!が起きにくい。。なぜ。。。達成する自分が居ないことを知っているから。これは全体であるという自覚がそうさせます。どうせ全体ですから、、、これが重要なんです、、全体という自覚は架空の個人の成果に興味がないのです。全体は架空の個人の評価に興味がないのです。

崩れる

もう知っているんです、、架空の個人の成功、達成、成就が至福に至らせないばかりか、、、この活動自体が緊張感、分離感、孤独感、を作り出していることを。これを分かってどうして個人的活動に興味がでるのか????です。架空の個人が、、夢の中で七転八倒、、、、これが全体であるという認識の間にギャップを生み出し苦しみを生じます。