なぜ情熱が湧いてくるのか???

事実

事実と向き合うと情熱が湧いてきます。あるがままを受け入れた時、、何もしていないにも関わらず情熱に包まれます。意志とは愛であり情熱です。ここは意志が満ち溢れた場所です。ここが情熱そのものに変わります。ですが勘違いの記憶が増幅し、、勘違いの記憶が全ての五感を牛耳ってしまうと、、、生きた現実は姿を消します。概念化された、思考化された現実に姿を変え、、、、編集された「生」を生きることになるのです。

勘違いの記憶からの解放

勘違いの記憶が削除されていきますと、、、、「生」が記憶から解放され、、、、、生そのものに変わります。躍動する「生」です。生はそもそも躍動してただ記憶が生を概念化していただけなのです。五感が記憶によって乗っ取られ、、、そこに概念がガッツリ重ね合わせられます。「花」は本来の花ではなく、、概念の中に閉じ込められた「花」に変わります。人間は本来の人間ではなく、、、、概念の中に閉じ込められた「人間」に変わるのです。

何かをすれば、、ではない

情熱的に生きるためには「概念」の断捨離が必要なのです。記憶の断捨離です。勘違いの概念を記憶を削ぎ落としていきます。削ぎ落とされた概念、記憶は五感の乗っ取りをできません。その時、、、何もしていないにも関わらず「情熱」が湧いてきます。情熱とはただ無駄な観念、概念、思考が取り除かれた状態だったのだと気づきます。