当たり前

そこが盲点

今目の前にコーヒーカップがあります。目を閉じます、コーヒーカップが消えます。この事実、この事実だけで実はこの世界が幻想であることを証明しちゃいました。コーヒーカップが突然消えたのです。それを人間業界では「目を閉じたから」と決めたんです、そういうことにしたんです。ですが事実ではただ「コーヒーカップが消えた」んです。このことを目を閉じたから、、、としたのが人間業界なんです。ですがこの「目を閉じたから」というのが後付け解釈で、それを証明することは絶対に絶対にできません。コヒーカップが幻想だから「消えた」んです。

電車

電車に乗れば窓からの風景がエンドレスに変わり続けます。毎秒どころか一瞬一瞬変わります。これただ景色という幻想が変わっているだけです。電車が動いているのではなくただ景色が変わっているのです。このことを人間業界では「電車が動く」と決めたんです。景色が急速に変わるから「電車が動く」んだと決めたんです。事実ではただ景色が急速に変わっているだけです。人類80億人が「景色が動く」ではなく「電車が動く」と決めたことから「景色だけが変わっているんです」と言うと「変人」扱いされます。後付けで決めた「電車が動く」が真実で「景色が変わるだけ」は間違いとされたんです。

悟り

悟りとは「真実から生まれた歪んだ解釈」を真実に戻す作業です。人間業界が決めた「決め事」は実はただの解釈、思考、概念ですよ、、というアンチテーゼです。あまりにも「嘘」が定着に定着を重ねてしまったことから「真実」を伝えると「何言ってんの?????」と足蹴にされますが、、真実は真実だからしょうがないのです。本当は「今ここ」しかなく、、ここで起こることが全てなんです。コーヒーカップが突然消える、景色が急速に変わる、TVに夢中になるとこの体すら消える、、いまここで起こることが全てです。そこに後付けで「目を閉じたから」「電車が動いたから」「耳が音を拾ったから」と解釈を加えているのです。この解釈は全部嘘です。作り話です。

いつの間にか

人間の面白いところは「真実」ではなく「作り話」を完全に真実と取り間違え、、深刻に深刻に現象を捉えるというところまでいってしまうところです。昨日はこんな事件が、災害が、経済破綻が、国政ミスが、、、とですが真実では「今目の前」で起こることが全てです。。本当に今目の前で「事件」が起こっていますか?????本当に災害、医療破綻、食糧不足、電気不足、水不足、屋根が無い、、が起こっていますか?????多分起こっていないはず。。。これが真実です。真実に戻った時、、実は平和な日々が続いていることに気づきます。あるいは深刻に深刻に考えて解釈して、、焦って動いている「自分」しかそこには居ないことに気づきます。