人間
人間と呼ばれるこの幻想は、、実は7つの感覚だけが起こっているだけです。この説明も間違い、、この今ここでは7つの感覚だけが起こります。コーヒーカップを手で持ってください。何が起こりましたか????幻想である手と幻想であるカップの境目に感覚が起こりましたね。そして視覚の中で手とカップが起こりました。次にそのカップを幻想の鼻に近づければ、、香という嗅覚が働きます。そしてそれを幻想の口に入れれば味覚が起こります。さらに幻想の喉元を通る時「ゴクリ」と音がします。今触覚、視覚、嗅覚、味覚、聴覚という五つの感覚が起こったのです。
この五つ
この五つの感覚が起こることで、、、第七感である、、思考が起こり「この体がコヒーを飲んだ」という思考が起こりました。次の「私がこのコーヒーを飲んで美味しいと感じた」という思考が起こりました。すると「違和感」という感情が起こったのです。これが第六感です。全部で7つの感覚が起こりました。それ以外は何も起こっていません。ですがこの7つの感覚によって「私のストーリー」がしっかりとこのあるがままに生まれたのです。
見抜く
本当は7つの感覚だけが起こったのです。それ以外はどこを探しても何も起こっていません。「この体は私だ」これは第七感覚の思考です、、、「カップとこの体という幻想」は視覚という五感の一つ、こうやって7つの感覚だけが起こりました。そして我々人間は生まれて死ぬまでこの7つの感覚しか起こりません。さらにこの人間というのも視覚の長物であって感覚の一つです。つまり7つの感覚だけが起こり続けます。もしもこの7つの感覚がなければ何も起こりません、何もないのです。五感がなければ思考という第7感も起こらず、第7感が起こらなければ感情という第六感覚も起こりません。
覚者
覚者がこの世界は無であると称するのは、、、、この五感がなければこの世界は無に等しく、、、この五感がなければ思考も感情も起きえないので、、、神という概念、無という概念、空という概念、色という概念、全てが登場しません。ゆえにこの五感がこの世界の存続において必須であり、、第七感がなくては真理の再発見もない、、よって空の発見も色の発見も起きえない。ゆえに7つの感覚こそが空即是色、色即是空の生みの親とも言えます。