電車で足を踏まれる

視界の中

電車で赤の他人に足を踏まれてしまって本当に腹立たしいんです。気持ちはわかります、その通りです。ですが真実をお伝えすれば、、、その赤の他人と、、この体との境界線は実はありません。これは全部幻想幻ですからそこには境界線はないのです。境界線があると「思っている」のは思考です。真実ではこの体もあの体も同じ幻です。だから我慢しろという意味ではなく、、真実を知ると、、もうその時点で安堵なんです。安堵の中で足を踏まれるという現象が起きたのです。

子供に足を踏まれる

小学生に足を踏まれて大人は怒り狂うでしょうか????この違いはなんですか????相手の年齢と怒りの強度には何が関係しますか????つまり人間とは相手の大人度によって怒っていいかいけないかを決めているのです。だったら真実に帰りましょう、、、相手のその行動をその相手は一ミリたりともコントロールできません、、いくら意図的に見えても、、その行為そのものをコントロールできる「自己」が存在しないのです。

怒れない

真実を知ると怒れないのです。だってそこには自己が100%ないのですから、、小さい小さい子供と同じで、、、コントロール能力がないのです。。。。いやいや大人にはあるでしょ!!!!が残念ながら嘘だったんです。真実では自我はなく、、、自我があると信じる動きだけがあるのです。コントロールできていないにも関わらず、、あると信じる動きがあるのです。