緊張感が抜ける
個人が居るというのは夢の中でのことです、、この体の中には私が居るというのは夢です。この個人という存在が全体から見抜かれますと、、、緊張感が緩みます。世界でこの体を守ることができるのはこの私だけだ、、これは緊張感です。この私の世界との戦いは、、夢の中、情報空間の中で起こります。この発想こそが「苦しみ、緊張、違和感」を生むのです。
守らなくていいの????
エゴ、自我の目的はこの体を守ることであり、、今その現象が起こっています。ですがこのエゴ、自我を自分と認識する動きは、、苦しみ、緊張を生み続けます。そこまでしてこのエゴ、自我を保持する必要はあるでしょうか????本当はこの自我、エゴは夢の中でしか生じていないという気づきが起こりますと、、エゴ、自我の動きを見守る全体が登場します。緊張感が緩むのを感じます。
エゴも自我も
エゴも自我もこの全体から生じる現象、夢現象に過ぎません。このことに気づきます。それでも対話時にはこの自我は戻ってきます、、その時は戻ってくることに自覚的になります。あ、そうか、、この存在が今まで全体を覆い隠していたんだなと。「意織」に代わって「私意織」が乗っ取っていたんです。意織は常にあるんです、これをこの体の中の「私」と同一視する動きがあったんです。
友人との会話後
ここ注意して感じてください、、友人との会話の時は「私」がでます、、出ないと会話が成立しません。ですが終わった帰り道、、その時の「私」がそのまま残っています。。。。え?????そうです、、継続して存在する「意織」をこの体の中の私と思い込む、、、動きが起こり続けます。これ催眠です、催眠術です、、催眠術が解けていないんです。意識はあっていんです、当たり前です。ですがこの意識はこの体の中に収まるような柔な存在ではないんです。ここ最重要です。