話しかけられる
この世界には独立分離した存在は100%存在しません、、だから「わたし」も100%存在しないんです。ですが同時に話しかけられれば「自分」を感じます、、100%感じます。100%感じるが100%存在しない、、これが事実なんです。ですがもう少し、、、深堀すれば、、、、「話すから」「笑顔を作るから」「ハニカムから」、、、、、「あなたは居るはずだ」という思考は勝手に相手の体から湧き上がり「話しかける」という反射になっています。
「勘違いが起こる」という事実
この世界では勘違いが起こります、、勘違いがどうしても起こるのです。その一つが「相手の体には主体性をもった誰かが居る」というものです。「主体性を持った存在」に向かって話しかけられれば「主体性を持った存在」になり切るが起こり、、ここから反射が生まれます。そしてその対象はいつだって「主体性を持った誰か」です。
「主体性を持った誰か」同士
『「主体性を持った誰か」が居る』という記憶からこの反射は起こり続けます。これが人間業界のコミュニケーションです。ですが実際には存在しないのです。記憶の中にはしっかりと存在します、だから記憶が言葉を作り出し、「話しかける」が起こりますが実際には100%主体が存在しません。主体が居るという思い込みの中でエンドレスにラリーが続くのです。
居ないならばなぜ?????続く?????
居ないから続くのです、、ラリーを続けるか続けないかを「決める主体」が居ないのですから、、、ラリーは続くまで続くのです。ですがこのラリーの最終に、、「本当は自分は居ないのでは????」という気づきが起こり、、あれ????これただ反射が起こっているだけだぞ、、、が起こり、、、ということは相手もただの自動反射か?????が起こり、、自動反射だからこうやってラリーが続いてたんだ、、が起こります。ですがこの気づきは「誰か」によってではなく、、、ただ起こるのです、自分なしに。